#saiuncafess工部+楊修1


『午睡の使い方』


「いらっしゃいませ」
 涼やかな声で客を出迎えた男は、黒のベストに黒のズボン。白いシャツ。どこのカフェにもいる当たり前のギャルソン姿だが、どこか人と違う。
 シャランと微かにピアスから下がる細い金の鎖が音をたてた。
当たり前に見えるギャルソンの服だが、全てオーダーメイドの一点ものだ。隙のない優雅な身のこなしがあるからこそ、一見当たり前に見えるのだとは、よほど鋭い観察眼の持ち主にしか分からない。
「君は目立たずにはいられないのか?」
 それを皮肉るように笑いながら、楊修は腰を下ろして旧友を見上げた。
「目立ちたいのではありません。仕方ないでしょう。美しいのですから」
 玉は顎を反らせて目を細める。
 この男に皮肉は通じない。本心からそう思っているうえに、確かに否定もできないオーラをまとっている。
「ご注文は?」
 何事もなかったように尋ねられて、楊修は苦笑した。
 玉をからかいに来たのではない。腹が空いていた。素晴らしいタイミングで広げられたメニューに目を走らせ、新作のパスタを注文する。
「お飲み物は?」
「ヴァンムスー(発泡性ワイン)。ブルゴーニュのロゼで適当に選んでくれ」
「適当に、ね」
 頷いて玉が一礼し背を向ける。
 ランチタイムの喧騒は去り、広くはない店内の客は少なく、落ち着いた空気に満たされていた。
内装も調度も、全て玉のデザインで作られた『Cafe KOHBU』は、多少装飾過多に見えて、慣れればこうでなくてはならないという計算されつくした完全な調和の中にある。
 『秋の香り』とシンプルこの上ない名をつけられた新作パスタを作る厨房は、玉の相方である菅飛翔が取り仕切っている。粗野にすら見える外面にそぐわず、素材の持つ力を最大限に生かすその繊細な味付けを、楊修は気に入っている。
 食通ガイドブックの覆面調査員であるはずの職業は、とっくに見抜かれていたが、それは別に気にならない。『Cafe KOHBU』はガイドブックの掲載を拒み続けているのだ。
 だから楊修は、この店には自分の舌を満足させるためだけに足を運ぶ。本来の自分に戻ることのできる貴重な場所だった。
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