#saiuncafess 紅家兄弟+絳攸2


『絆のカフェ』2

着替えて出てきた絳攸を、検分するような目で上から下まで眺め渡した玖琅は、ニコリともしないでゴムを差し出す。
「だが、食品を扱う店は衛生第一だ。髪は後ろで括れ」
「はい」
少し伸びてしまった髪をまとめようと後ろに手を遣るが、慣れないことでうまくいかない。玖琅はそれを見て取ると、絳攸にメニューを渡し、代わりにゴムを手にした。
「品名と値段を一回で覚えろ」
うなじを玖琅の手が掠めて、背中がゾクッとする。その感覚に耐え、メニューに目を走らせる。
飲み物と軽食を出す店なのだろう。
「玖琅さま。この『こども蜜柑のリゾット』って何ですか? それから『スモモのニョッキ』、『チキンロースト柚子ジャム添え』とは?」
「読んで字の如しだろう」
「……一般的ではないんですね」
「厨房は妻がやっている」
玖琅はそれ以上説明する気はないらしく、絳攸の髪から手を離すと、今度は雑巾を渡し、外の窓をふくように命じた。
「それから絳攸。私のことはマスターと呼べ。いいか、接客の基本は笑顔だ。忘れるな」
「……はい」
そう言う玖琅の笑顔など、滅多に見たこともなかったが、反論の許されない威圧感に絳攸は頷いた。


「……いらっしゃいませ」
絳攸がまだ店の外を清めている間に、もう客が訪れる。メニューは一目で覚えたが、営業用笑顔の持ち合わせなどない絳攸は、無表情のまま客を迎えた。とたんに刺すような視線が背中に突き刺さる。
(くそっ。いつも不審な笑顔を振り撒く楸瑛とは違うんだ)
そう思いはするが、接客なのだ。絳攸は必死に頬の筋肉を緩めて対応せざるを得ない。客の中には思わせ振りな視線を送る者もいたのだが、それに全く気づかない絳攸は、硬い表情のままサービスを続けた。
住宅街にあるにしては、次々と客が入る。案内し、注文を通し、レジに立ち、片づける。その忙しさの中で、最初に感じた違和感は薄れ、とにかく身体を動かした。


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