kaaka0723

いも · @kaaka0723

25th Sep 2010 from Twitlonger

完全に俺得のカフェめいたん\(^o^)/
オリキャラ出張ってますすみません。



 古びた喫茶店の中、彼はいつものようにいつもの手順でコーヒーを入れていた。
 とはいえ客はもう何日も来ていない。カウンターの隅に座るのは客ではなく、この店のオーナーだ。
 客の入りが悪いことを店主が嘆いたことはない。店主はこの古びた店とそこに満ちる静寂を愛していた。彼も店主が愛するこの店と静寂を愛していた。だから彼は今日も黙々と店主ただ一人のためにコーヒーを入れる。
 店主の名は瞑祥。彼が知っているのは瞑祥という名と、長い前髪に隠された右の額から頬にかけて大きな傷があることと、同じように隠された瞳がヘイゼルであることだけだった。切れ長の鋭い眦は東洋人特有のものだったが、瞳の色がそれを裏切っている。おそらくは複数の人種の混血なのだろう。癖のない髪の鋼色も加齢のせいではなく、おそらくは生来のものなのだ。
 コンロにかけたポットがしゅんしゅんと音を立てる。彼はフィルターをセットしたドリッパーにぐるりと湯をかけた。サーバーを温めいている間に豆を挽く。彼はきっちり一人前を量った豆を古風な手挽きのミルに入れた。ハンドルをゆっくりと回すとごりごりと音を立てて豆がミルの中に呑みこまれていく。手応えがなくなるまでゆっくりとハンドルを回し、引き出しを開けると豆の香りがふわりと漂った。
 サーバーの湯を捨て、ドリッパーに挽いた豆をあける。瞑祥が手許の本から目を離してドリッパーを見、かすかに目を細めた。それだけのことで胸が誇らしさでいっぱいになる。コーヒーを差し出したときの瞑祥の満足気な笑顔のためだけに彼は細心の注意を払っているのだ。
 ポットを手に取り、数滴の湯を豆に振りかける。湯気とともに芳香が立ち上るのに、彼は口元を緩めた。
 入口から奥に長い店内にはカウンターしかない。灯りは天井から下げられたランプ型の電燈と入口に嵌められたステンドグラスから洩れる光だけだった。昼間でも薄暗い店内に古びたレコードからジャズが流れ、コーヒーの芳香が満ちる。
 心地良い静寂を破ったのはカランというベルの音だった。入口に目を向けると逆光の中立っていたのは制服の少女。まばゆい陽光に彼は目を細める。少女はぐるりと店内を見渡すと物怖じせずにカウンターの中央に座った。
 彼は申し訳程度少女に頭を下げて、すぐにドリッパーに湯を注ぐ作業に集中する。どこからか迷い込んだ少女の相手よりも、瞑祥のために極上のコーヒーを入れることの方が彼には大事だった。
「お嬢ちゃん、ここにはホットミルクなどないぞ」
 瞑祥が面白がるような声音で言う。彼はかすかに息を呑んだ。瞑祥が客に話しかけたのは、彼の記憶にある限り、初めてである。彼は入れ終わったコーヒーをカップに注いで瞑祥の前に置くと、少女のためにグラスを取った。氷を放り込みながら、横目で壁掛けのカレンダーを見遣る。平日であることを確認して、内心で首を傾げつつ水を注いで少女の前に置いた。
 少女は大人びた仕草で足を組み頬杖をつくと、瞑祥を冷めた眼で見る。
「なら、何があるんだ?」
 少女の態度は瞑祥の琴線に触れたようだった。瞑祥は彼が極上のコーヒーを入れた後のような顔で少女を見る。彼は瞑祥から視線を逸らしてカップの水面を見つめた。深い琥珀色の水面が波立って白い湯気が上がっている。彼はそうしてカップの取っ手に瞑祥の神経質そうな細い指が絡むのを待ったが、琥珀色の湖面が完全に凪いで湯気さえ上らなくなるまで瞑祥の指がかかることはなかった。

Reply · Report Post