菅首相の浜岡原発全面停止の要請に関するコメントを追加します。
 私は、浜岡原発については、今回の震災直後から、福島原発と同様の事故が起きる可能性が否定できない限り、ただちに停止すべきだと言ってきましたし、今回の菅首相の全面停止要請に関しても、原発を止めること自体は「正しい」とコメントしています。ただ、問題は、そのやり方です。このような形で総理大臣が中部電力に原発停止を要請することに法律上の根拠がないだけでなく、どのような場合に、このような超法規的措置が行えるのかの「ルール」が示されていないことに問題があると言わざるを得ません。①大地震の確率が高い、②国民生活への影響が大きい、ということが理由とされていますが、①については、もし、他地域で大地震の具体的予兆が表れ、「30年以内」にかなりの確率で大地震・大津波の発生が予想されるとの見解が、それなりに権威のある機関から出されたとき、その付近に立地する原発はどうするのでしょうか。また、菅首相は防潮堤が建設されるまでの間の停止だということを強調していますが、それは、裏を返せば、防潮堤完成後は、原発の稼働を認めることに総理大臣として事実上「お墨付き」を与えたことになります。その判断は、十分な検討の下に行われたと言えるのでしょうか。
 今回の要請は、震災後約2カ月で出されたものですが、原発停止要請について、何らかのルールを作った上で、最も危険な原発である浜岡について、まず停止要請を出すというのであればともかく、今回のように、突然、「総理大臣の判断」を強調して、本来は私企業の経営判断に属する事項に強権的に介入するというやり方をとったことは、法に基づく国家の運営、ルールに基づく問題解決、というこの社会の基盤を崩す、という別の面の重大な問題を生じさせかねないことを、私は懸念しています。
 大震災による急激な社会の変化の下では、既存の法令を遵守することだけでは到底適切な対応はできません。しかし、それはルール無視で勝手にやっていけば良いということではなく、その時々の状況に適合したルールを形成しながら、対応し、問題を解決していくことが必要だと思います。浜岡原発問題についても、日本の社会が原発を今後どうしていくのか、という極めて重要な問題に直結するだけに、結論の正しさと同時に、総理大臣としてのパフォーマンスより「ルールの創造」を大切にしていく姿勢が必要だと思います。

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