[世界の農政 最新事情]|全国農業新聞8月5日~9月30日

[全国農業新聞8月5日]
 10年後、食糧需給は逼迫。エネルギー・環境問題も深刻に―。農水省や国際機関が相次いで中長期予測を発表。新興国・途上国が発言力を増し、投機資金などによる価格変動も激しくなる中、主要各国の農業政策にも転機が訪れている。最新動向をシリーズで伝える。

【1】中国 生産補助政策が奏功 都市・農村に依然格差と差別

 中国農政の基本は食糧増産にある。米、小麦、トウモロコシ、豆、イモ類に重点が置かれ、生産拡大が図られてきた。1990年代半ば~99年は保護価格政策期と呼ばれ、国による高い価格での食糧買い付けが行われた。その結果、供給過剰を招くとともに財政負担が増大した。

 2000~03年は一転して自由化政策がとられた。保護価格による買い付けが段階的に縮小・廃止され、流通も自由化。国際競争力強化が叫ばれ、輸出促進策もとられ、01年末には世界貿易機関(WTO)加盟を果たした。しかし、結果は食糧価格の下落を招き、農家の生産意欲も低下。5億1千万㌧超(90年代末)あった生産量も03年には4億3千万㌧に落ち込み、相当量の食糧輸入も行われた。

 胡錦濤政権は、04年から生産回復のための新施策に踏み切る。①農家直接補助②主産地育成③最低買い付け価格制度④食糧流通改革⑤国家食糧備蓄―からなる生産補助政策の導入だ。「市場による価格形成」という大枠は変えず、農家への直接補助を柱に生産回復を図った。その効果は大きく、生産量はその後一貫して伸び続けている。

 中国では、農業問題は”三農(農業・農村・農民)”と呼ばれ、その克服は国家的な課題だ。10年の中国中央財政予算は総額4兆6660億元(1元=役12円)で、うち18%を三農関連支出が占める。前年比13%の伸びを示し。胡錦濤政権の農業政策重視の姿勢をうかがわせる。

 だが、中国の食料・農業政策が専門の河原昌一郎農水省農林水産政策研究所上席主任研究官は「中国では農村部の所得が低く、低所得・低価格政策とでも言うべき政策がとられている。都市との格差は依然として大きく、先進国におけるような農業保護政策は存在しない」と指摘する。

 こうした経済的格差に加え、農村出身者への社会的差別が厳然として残っており、開発による土地取り上げへの反発なども含め暴動が各地で頻発している。

 国家的命題の食糧増産にも、水不足を筆頭に耕地の減少や単収の停滞、深刻な環境汚染など多くの制約要因が立ちはだかる。

 さらに河原氏は「中国では飼料穀物の需要増大が続いているため、将来的に中国が穀物を大量輸入する事態が生じることも否定できない。また、日本は中国産農産物の最大の輸入国だが、食品安全の面でも気を許せない」と注意を促す。

[全国農業新聞8月12日]
【2】米国 直接固定支払いに批判 農家の期待高まる収入保険

 米国の主要農産物であるトウモロコシ、大豆、小麦の価格はいずれも2007~08年の高騰期を上回るか、同水準にまで上昇を続けており、農家経済は好調を維持する。

 そうした中、12年9月末に期限切れとなる08年農業法に代わる新たな法案の準備が進められている。農業法制定にあたっての最大の制約要因が連邦政府が抱える史上最大の財政赤字。連邦歳出に占める農業予算比率は2~3%、うち農家向けの補助金(農産物プログラム)は1%にも満たないが、農家経済が好調なだけに主要な“削減ターゲット”の1つにされている。

 なかでも1996年農業法で導入された農家への直接固定支払制度の扱いが大きな焦点。史上最高の価格水準にあるにもかかわらず、毎年50億ドルもの予算が費やされていることへの批判がメディアからあるほか、農業関係者にも「このままでは維持が難しい」との認識が広がっている。

 これに対し声価を高めているのが、米国農家の8割方が加入している農業保険だ。特に米国国内で頻発している洪水や干ばつに対するセーフティネット(安全網)としての役割が改めて評価されている。

 農水省農林水産政策研究所の吉井邦恒上席主任研究官は「今の米国農家にとっては自然災害への備えと同時に収入保険が魅力。価格下落による収入の減少が将来に向けての不安材料であり、そうしたリスクをヘッジ(保険)しておきたいと考えてもいる」と分析する。

 米国は08年農業法で収入変動対応型支払制度(ACRE)を導入した。作物ごとに保証水準が設定され、農家の収入がそれを下回った場合に補てんされる。09年度以降は、02年導入の価格変動対応型支払いに代えて選択できるようになったが、同制度の更なる改善も関心事項の一つになっている。

 このほか、土壌浸食を起こしやすい農地などを守る「保全プログラム」にも、トウモロコシはじめ、穀作への需要が強い中で農地を不作付け状態にしておくことへの批判がある。小規模農家の収入源でもあり、環境保護派は擁護を主張する。

 こうして財政支援の縮小が見込まれる米国農業だが、吉井氏は「依然、潜在能力は高い」と見る。燃料代などコストアップと南米新興国の追い上げが懸念材料だが、その優位さは当分揺るぎそうにない。

[全国農業新聞8月26日]
【3】EU 直接支払制度 改革へ 利害が表面化、合意に困難も

 欧州連合(EU)加盟27か国は共通農業政策(CAP)を実施している。柱は価格・所得政策と農村振興政策の2つ。CAPはEU予算の約4割を占め、7年ごとに改革が行われる。

 中心となるのが1993年に導入された「直接支払制度」だ。当時、ウルグアイ・ラウンド農業交渉の対外圧力と過剰抑制という域内圧力により、農産物価格の大幅な引き下げを迫られていたEUは、支持価格の引き下げとセットで「補償支払」を導入。農業所得を維持することで域内の農地を維持、ひいてはEU全体の食料安全保障の確保を目指した。

 その後、現在も続行中のドーハ・ラウンド農業交渉の動向を踏まえ、2005年に「単一支払」を導入。過去の受給実績を基に、直接支払の大部分を生産から切り離すデカップル施策となった。

 目下、14~20年のCAPの枠組みが集中的に議論されている。欧州委員会が提案したシナリオは3つ。うち2つは現行の直接支払の維持ないし段階的廃止を掲げたもので、農林水産省農林水産政策研究所の松田裕子氏は「どちらも両極端で実現性が薄い」と指摘する。

 松田氏が「最も有力」と見るのが環境公共財に対する追加支払(グリーン化)と受給対象の明確化(ターゲッティング)、受給上限の設定(キャッピング)を組み込んだ2つめのシナリオだ。背景には「デカップル型支払に起因する問題の是正と、納税者の受容度を高める狙いがある」という。だが課題もある。

 EUが南欧、北欧、東欧へと拡大するにつれ、CAPの恩恵に浴する国と独・仏など財政を負担する国が判然として利害が表面化。政策合意の困難も拡大した。松田氏は「今度の改革案の決定にはこれまで以上に政治的な困難を伴うだろう」と話す。

 この他、日本では深刻化する農業者の高齢化が、EUでは一定程度抑制されている点が参考になる。65歳以上が全体の3分の1程度にとどまるとともに、独、仏など主要国では55歳未満がほぼ6割を占め、「理想的な年齢構成」(松田氏)を維持しているのだ。

 ただ、松田氏は「EUは多様性の塊。独、仏を崇めるばかりでは能がない。日本は自国の風土や農村の構造に合った独自の政策を追求すべきだ」と単なる追従の姿勢には警鐘を鳴らす。

[全国農業新聞9月9日]
【4】韓国 急速に進む国際対応独自の中小・家族経営施策も

 1996年にアジアで2番目の早さで経済協力開発機構(OECD)入りを果たした韓国は、貿易立国を旗印に経済発展を遂げてきた。その中心戦略が自由貿易協定(FTA)の推進。2004年発効のチリを皮切りに、米国(07年、未発効)、欧州連合(EU、11年7月発効)と次々に協定を結んでいる。輸出依存度も55%(08年)と、日本(同17%)に比べ格段に高い。

 FTA締結でネックとなるのが農業。韓国は主穀の米を除き、手厚い対策を講じつつ市場開放を進める道を歩んでいる。チリとの交渉妥結を受け、03年11月に策定された「119.3兆ウォン投融資計画」は発効後の10年間に投じる額がそのまま対策名になった(1ウォン=0.07円)。

 07年の韓米FTA締結時には「20.4兆ウォン計画」を補完対策として講じたほか、「119.3兆ウォン計画」自体も123.2兆ウォンへと増額した。その後も08年4月の畜産発展対策(2.1兆ウォン)、韓EU・FTA妥結を受けての2兆ウォン対策と拡充が図られている。

 対策の内容は、輸入増加による被害対策(協定発効後7年間、直払いによる所得補てん)のほか、FTAで継続が困難になった農家の廃業対策(発効後5年間、廃業資金給付)や主業農への施策集中など、構造改革による競争力強化が柱だ。

 だが、農水省農林水産政策研究所の會田陽久上席主任研究官は「国際化対応を施し、それでよしとするようなところがある」と貿易優先へ舵を切ってしまった影響がぬぐい去れない点を指摘する。ただ、90年代の「親環境農業政策」や今世紀に入ってからの中小農・家族経営重視の所得政策など韓国農業を特徴付ける施策も打たれており、日本の政策の模倣だけではない面もあるという。

 このほか、韓国企業による海外での農地取得も盛んに行われるようになった。昨年の韓国農林水産食品部の発表ではロシアなど18か国に52社が進出。面積は29万7563㌶(国内耕地面積の17%に相当)に上る。

 韓国政府はこれら海外生産(穀物倉庫の建設など流通を確保した場合を含む)を含めた穀物自給率を「穀物自主率」と称し、20年までに65%に高めるとの目標を掲げる。韓国農村経済研究院の金泰坤研究委員は「有事の際などは輸入が100%保証できない可能性もあり、農業団体からは反発もある。国内生産重視が望ましい」と話す。

[全国農業新聞9月16日]
【5】ロシア 増強進む穀物供給力 農業重視の政策が後押し

 旧ソ連時代には「アキレス腱」と呼ばれたロシアの農業が存在感を増している。昨年8月、プーチン首相が干ばつによる不作で小麦の禁輸措置をとると、シカゴ像場が2年ぶりの高値を付け、同国からの輸入がほとんどない日本も小麦製品価格の上昇など影響を受けた。今年7月の輸入再開で穀物相場はようやく落ち着きを取り戻した。

 同国最大の転機は1991年の連邦崩壊。15か国に分裂し、急激な市場メカニズムの導入は国内経済の混乱とマイナス成長をもたらした。「アキレス腱」は切れる寸前まで行った。だが、99年に誕生したプーチン政権は市場経済化の行き過ぎ是正に取り組み、農業も政府が一定の保護・助成を行う方向に転換した。

 2000年7月には「2001~10年における農業食料政策の基本方向」を策定。集団農場・国営農場から転換した「農業企業」の財務健全化や利子助成制度、関税措置、土地制度改革などを相次いで実施した。05年には優先的国家プロジェクトの一つとして、畜産振興や小規模経営体の発展促進を掲げるなど、より農業重視の方向を打ち出した。

 それらを背景に、穀物生産は99年以降8年連続で増加。01年には穀物輸出国に転じ、近年は世界第3位の小麦輸出国になっている。ロシアには2億㌶を超す広大な農地があり、一部は豊かな黒土地帯だ。メドベーチェフ大統領は09年6月の世界穀物フォーラムで「ロシアはさらなる穀物増産が可能であり、今後世界の食料供給で大きな役割を果たしていく」と発言した。

 ロシアの農業は6万ある農業企業と集団農場から独立した「農民経営」(26万)のほか、2千万を超す「住民副業」が支える。なかでも、住民副業はソ連時代の自留地が発展したもので0.1~0.5㌶と小規模ながらジャガイモの9割、肉類の45%を生産するなど大きな比重を占める。

 農林中金総合研究所の清水徹朗基礎研究部副部長は「住民副業がロシア農業を特徴付けており、同国を飢饉から救うなど社会の安定層にもなっている。企業化を志向する一方で、こうした歴史的な存在を無視しない姿勢は日本も学ぶべきではないか」と指摘する。

 小麦の禁輸措置に見られるように安定性には欠けるロシア農業だが、近く想定される世界貿易機関(WTO)加盟を前に、日本としても「対露関係を強化する必要」(清水氏)がある。

[全国農業新聞9月23日]
【6】豪州 農業保護少ない輸出国 気候変動や検疫面に弱さも

 経済協力開発機構(OECD)が公表している加盟各国の生産者支持推定量(PSE、農業保護指標の一つ)によると、欧州連合(EU)の1208億ドルや米国の309億ドル、日本の465億ドルなどに対し、豪州は9億ドル(いずれも2009年)と極めて少ない。

 しかし豪州はブラジル、アルゼンチンに次ぐ世界有数の農産物純輸出国。主力の小麦、大麦、牛肉、乳製品、羊毛、サトウキビは生産量の過半を輸出に回す。その秘密は圧倒的に広い農地面積にある。農家1戸当たりの平均経営面積は3000㌶(08-09年度)で、日本の約1700倍。米国をも上回る圧倒的規模を誇る。

 こうした豪州農業は逆に多様性を欠くとも言え、気候変動や病害虫の侵入に弱いという特徴を持つ。なかでも干ばつの影響で生産量が大きく変動。一部品目を除き灌漑がないため02~07年間の干ばつで小麦などは時として生産量が平年の半分以下になる一方、逆に10/11年は雨が多く、史上最大級の生産量を記録した。灌漑で生産される綿花や米も干ばつが影響し、米は08年に2万㌧にまで低下した生産量が、11年は一転80万㌧となった。

 厳しい検疫も実施し、ニュージーランドやフィリピンなどからWTOに提訴された。遺伝子組み換え作物でも、内外の消費者の食品安全性への懸念も考慮し、綿花とナタネを除き国内での商業栽培を禁止。厳格な表示義務も課す。ただ、各国で組み換え作物の導入が進んだ場合「国際競争力を失う」のではないかと心配し、ジレンマに陥っている。

 総合農村対策(AAA)の一環で1999年に開始されたファーム・マネジメント・ディポジット(FMD)は、減収時に備え収益の一部を非課税の預金として積み立てる制度。現在も3万人以上の農民が20億㌦以上を預金し、経営改善に貢献してきている。最近は干ばつの影響か、取り崩しが進んでいるという。

 農水省農林水産政策研究所の宮石幸雄上席主任研究官は、豪州農業の今後について「当面は、しばしば起きる干ばつに悩まされながらも主要産品の多くを輸出。政府として補助金は出さないが、貿易交渉で外国の輸入障壁を取り除くことに務めるという構図が続くのではないか」と話す。

[全国農業新聞9月30日]
【7】ブラジル 世界有数の食糧供給国 農用地生かした農業で成長

 経済発展の著しいブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの5か国をBRICsと総称し、世界が注目する。共通点は広い国土と豊富な人材・資源だが、中でもブラジル成長の影には国土の31%を占める農用地を生かした農業がある。

 国連食糧農業機関(FAO)によると、ブラジルは2001年に1位の豪州を抜いて以降、農産物純輸出額で世界一の座を占め続ける。その額は370億㌦(2007年)と、2位のオランダ(280億㌦)、3位のアルゼンチン(250億㌦)を大きく引き離す。こうしてブラジルは世界有数の食糧供給国になった。

 転機の一つが1999年の通貨レアルの変動相場制移行だ。それまで過大評価されていた為替レートが切り下げられ、農産物輸出に有利に働く一方、同時期に大豆など主力農産物の価格や主力農産物の価格が高騰し、輸出利益を押し上げた。

 さらにブラジル農業の成長には、70年代以降、中西部のセラード(植生の一種)開発が進み、作付け拡大が制約なくできたこと、国内での品種改良がうまくいったことなどが複合的に影響した。

 加えて、大豆に代表される輸出農産物生産農家に対する穀物メジャーによる作付け資金の融資や、輸出を砂糖、コーヒーなど所得弾力性の低い農産物から、大豆、牛肉など高い農産物にシフトさせるのに成功。「輸出ペシミズム」(途上国の主要輸出品である第一次産品は成長を牽引するものにはならないとする考え方)に陥ることなく、所得の伸びが高い先進国における農業保護撤廃の受益国になることができた。

 農水省農林水産政策研究所の清水純一上席主任研究官は、ブラジルの農産物輸出の伸びが中国やロシア、インドなどBRICs諸国で著しい点に注目。WTO(世界貿易機関)ドーハ・ラウンド(多角的貿易交渉)のカンクン閣僚会議(03年)直前に結成したG20(ブラジル、中国、インドなどの途上国20か国で構成)を、食料輸出大国としてリードし、先進国の農業保護システムに挑戦していると見る。

 主産地が内陸部に移動したことで輸送のコストが高まるなど課題もあるが、セラードの開発余地が少なく見積もっても5500万㌶に達するなど、食料供給力にはなお余裕がある。清水氏は「輸入をなくすわけにいかない日本にとって日系人も多く、イメージも良いブラジルはもっと付き合って良い国」と話す。
                                           おわり

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