【現場は訴える TPP反対】『宮崎の林業「採算合わぬ」 放置進み苦悩の山に』|日本農業新聞4月23日

 宮崎県・耳川広域森林組合の平野浩二参事が東臼杵郡の珍神山(うずがみやま)を登りながら、林道沿いの斜面を指さした。周りを杉林に囲まれたその一帯だけ、雑草や低木が茂る。「1ヘクタールの山を伐採しても利益は120万円。それなのに、その後の植林と手入れには160万円かかる。国の補助があっても、植林を諦める山主は増えている。山主だって荒らしたくないが、今の木材価格では面倒を見切れない」と平野参事が言う。

 「昔は山を持っていれば財産持ち。今じゃただの苦労持ちだ」
 
 林業は、1950年代から外材の関税撤廃・削減が始まった、いわば「自由化の先駆け」だ。80年に市場が飽和してから、弊害が目に見えて現れた。安価な外材に引きずられて国内の木材価格は下落。杉の丸太価格は80年に1立方メートル当たり3万8700円(森林・林業白書)だったが、2010年には1万1800円と3分の1以下に暴落した。それでも外材の輸入量は増え続け、木材自給率は2、3割にまで落ち込んだ。

 日向市で山林6ヘクタールを所有する奈須敏男さん(69)は林業と果樹の複合経営で生計を立てていたが、もう長らく林業からの収入は無い。

 「当時は何も分からず自由化を受け入れたが、それが良かったとは思えない」

 同組合は、県北部の耳川流域5市町村の山林10万ヘクタールを抱える県内でも最大規模の組合だ。県内の杉生産の3分の1を担うが、一方で山林の放置も進む。1人が広範囲の山林を所有することも多い林業では、間伐や伐採の作業は専門の作業員が行う。同流域には一時期同組合が管理するだけでも2000人を超える作業員がいたが、現在は600人だ。「作業員が高齢化で辞めたこともあるが、頼まれる作業自体が減った」と平野参事。
 
 間伐されない山は、木の密度が高まり、根の浅い木ばかりで山肌が弱くなる。「土砂災害の原因はいろいろあるだろうが、山が弱くなることが一番怖い」と、耳川の上流にあるJA日向諸塚支店の黒木聖士支店長は不安を口にする。2005年の水害の経験からだ。山沿いを中心に県内138カ所で土砂災害が発生し、同流域を含む4町村で11人が亡くなった。川沿いにあった同JAの旧事務所も2階の天井まで浸水、今でも職場は高台の仮設事務所のままだ。「山の放置が広がれば、危険で村には住めなくなる」と将来を心配する。

 1950年代から政府は、国内林業の「体質強化」をするために、人工林の拡大政策を推進してきた。60年がたち多くの山林が伐採期を迎えたが、喜びではなく苦悩が山を包む。

 「農業のことはあまり詳しくないが、政府は規模拡大すればどうにかなるって説明しているのだろう。考えが甘い。日本みたいな山国で作る限り、価格で太刀打ちできないよ」

 山とたどった自らの過去を振り返り、奈須さんは自由化がもたらす農業の未来に警鐘を鳴らす。(岩本雪子)


 ワシントンで30日行われる日米首脳会談や5月18日から米国で開かれる主要国首脳会議(G8サミット)など、TPP交渉への参加の是非を政府が判断する契機となる行事が続く。農林水産業や消費者、建設、医療など仕事と暮らしの幅広い現場から交渉参加反対の声を伝える随時企画「現場は訴える」を昨秋に続き掲載する。

Reply · Report Post