【TPP反対 現場は訴える】『地場産米あればこそ 新潟県の酒造会社』|日本農業新聞5月01日

 新潟県上越市吉川区の酒造会社「よしかわ杜氏(とうじ)の郷(さと)」では昨年の東日本大震災以降、売り上げに変化が起きた。首都圏の生協向け取引が前年より3割ほど増えた。福島第1原発事故以降、食の安全性への消費者の関心は、嗜好(しこう)品の清酒にも向けられている。

 「地元の米と水にこだわり、消費者と顔の見える関係を築いてきた結果だ」と、営業企画課長の美濃川克良さん(46)は話す。それだけに、地元産米の生産に打撃を与えかねないTPPに不安を募らす。

 同社の最大の取引先は、関東を中心としたパルシステム生協連と生協パルシステム東京だ。両生協は上越市と「食料と農業に関する基本協定」を結び、産直での提携を進める。同社も生協組合員の酒仕込み体験を受け入れるなど交流を深めてきた。原料の素性や製造工程を公開、消費者とのパイプをつくり、経済環境の変化に影響を受けにくい販売を実現するためだ。だが関税撤廃が原則のTPPは地元産にこだわった原料米と、それを足掛かりに築いてきた消費者との信頼関係を崩しかねない。

・酒米生産も難しく 主食用と連動、下げ心配

 酒造会社「よしかわ杜氏(とうじ)の郷(さと)」がある新潟県上越市吉川区は、県内有数の酒造好適米産地。同社は1998年、地域資源を生かした農村振興を目的に発足した。

 2011酒造年度(11年7月~12年6月)は約35トンの米を使い52キロリットルを醸造。原料米で最も多いのは同地区で作る県育成品種「五百万石」だ。県内で栽培の少ない「山田錦」も地元産を調達する。地域資源を生かした経営、消費者に信頼される酒造りへのこだわりだ。

 ただ、TPPに対する酒造業界の見方は一様ではない。関税撤廃で酒類の輸入が増え、国産の市場を圧迫すると懸念する声がある一方、輸出のハードルが下がることや安価な輸入米を使い製造コスト削減も可能になるとみる会社もある。

 美濃川営業企画課長は「原料へのこだわりを捨て輸入米を扱えば、商品の差別化ができなくなる。中小の酒造会社にとって自殺行為だ」として、販売戦略上あり得ない選択だと説明する。

 TPPで心配するのは米価下落だ。酒造用米は、主食用米の価格に連動する傾向がある。同社専務の金沢幸彦さん(64)は「関税撤廃で米価が暴落すれば、酒米価格も必ず下がる。そうすれば、主食用米より手間のかかる酒米を作る農家はいなくなる」と推測する。

 同区で酒造好適米5ヘクタールを作る中嶋琢郎さん(43)は「TPPに加盟すれば、直売などで特定の売り先を持たない農家は脱落していくだろう」と産地の将来を心配する。同社の杜氏で、自らも酒造好適米を作る小池善一郎さん(58)は「米作りは用水の管理など地域ぐるみでやる。主食米の生産が立ち行かなくなれば、酒米の生産も難しくなる」と心配する。

(大美博嗣)(おわり)

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