【韓国 自由化路線の歪み①】『農業 畜産再建の足かせに』|日本農業新聞5月3日

 韓国で続く激しい米韓自由貿易協定(FTA)廃止闘争。背景にあるのが、政府が進める“開国政策”への反発だ。大手企業の利益が優先され貧富の差が拡大、農業をはじめ仕事と暮らしの危機が広がっているとの見方が強い。経済と貿易の自由化路線のひずみを追った。(金哲洙)

 「輸入の脅威を肌で感じる」。ソウルから北に車で1時間。京畿道漣川郡の養豚農家・洪性晩さん(48)は話す。2010年11月の口蹄(こうてい)疫の再発生で弱体化した畜産の生産基盤。隙間を埋めるように安い輸入の食肉が押し寄せる。

 洪さんも当時、3500頭の豚を殺処分。今年4月に出荷を再開した。しかし昨年7月に発効した欧州連合(EU)とのFTAに加え、今年3月15日には米韓FTAも発効。食肉の関税は段階的に下げられ、現行40%の牛肉関税が15年で、豚肉は22.5%の冷蔵が10年で、25%の冷凍が5年でそれぞれ撤廃される。経営の先行きに不安が募る。

・格安の脅威

 米韓FTAを先取りするように、食肉の輸入は特に米国産が増加している。今年3月の同国産の輸入量は牛肉が8000トン、豚肉が1万4000トンで、口蹄疫発生前の10年3月に比べそれぞれ3割増、2倍になった。価格も韓国産より格段に安い。ソウル駅に隣接するスーパーでは、米国産牛肉が韓国産の半値以下で売られていた。「肉質の差は分かりにくい。消費者は安い輸入品に手を出す」と洪さんは嘆く。

 京畿道坡州市の養豚農家・林鍾昇さん(58)は「政府はうそつきだ」と怒りが収まらない。EUと米国とのFTA対策として、政府は22兆1000億ウォン(1兆5470億円)の農業予算を用意。しかし農家の手元にはまだ届いていないという。

 口蹄疫対策にも不満がある。林さんは豚1400頭と牛13頭を殺処分した。当時の市場価格を基に政府は豚で1頭当たり平均50万ウォン(3万5000円)を支給した。だが経営再開時には子豚の需要が急増しており、価格は120万ウォン(8万4000円)に急騰。国の追加対策はなく、飼養頭数を800頭に減らした。資金難で牛は断念した。

・増える負債

 経営再開のための投資で林さんの負債は約6億ウォン(4200万円)と口蹄疫発生前の2倍に増えた。60歳近い年齢では就職は難しい。「負債の怖さは知っているが、選択の余地がなかった」

 口蹄疫が再発生した10年11月から11年4月までに、牛豚の飼養頭数の3割に当たる340万頭が全国で殺処分された。政府は4月、「飼育頭数は8、9割戻った」と発表した。しかし坡州市の肉牛農家・金尚国さん(49)は「資金難などで、経営再開を断念した人も少なくない」という。金さんが入る畜産団地では、「韓牛」と呼ばれる高級肉牛を8戸の農家で約600頭飼育していた。全頭殺処分後に経営再開できたのは6戸で、飼養頭数は500頭。残りの2農家はめどが、まだ立たない。

 口蹄疫から経営再建の一方で、迫られる外国産との競争。坡州漣川畜産農協の趙珉熙経済事業本部長は、畜産の厳しい現実を訴える。

 「口蹄疫で失った生産基盤の回復には長い時間がかかる上、FTAによる関税の引き下げ・撤廃に向けて輸入品との差別化のために高品質化への対応も求められる。安価な輸入物の急増は、傷口に塩を塗るかのように畜産農家を苦しめる」

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