論点『気になるISD条項 地方自治脅かす恐れ 慶應義塾大学法学部教授 片山善博』|日本農業新聞5月28日

 やはりそうだったか。5月10日の朝刊を読んだ感想である。そこには、かんぽ生命が「がん保険」への参入を見送る方針を固めたと報じられていた。
 
 環太平洋連携協定(TPP)論議が本格化した一昨年の秋、総務大臣だった筆者は、かんぽ生命を含む郵政とTPPとの関係について閣僚会議などを通じて訪ねたが、その返事は「関係はない」だった。
 
 姑息さ見え隠れ
 
 かんぽ生命が強く期待を寄せていた「がん保険」を見送る背景には政府筋から強い圧力があったことをうかがわせるし、それはとりもなおさずTPPと「関係がある」からだろう。どうして最初からそのことを政府関係者は教えてくれなかったのか。もし分かっていれば、かんぽ生命はこの間じっくりと「がん保険」への参入戦略を練られただろうに。なんとも姑息な「後出しジャンケン」の印象を拭えない。
 
 新聞では「当面見送る」とのことだから、TPP参加が決まった段階でそろりと「がん保険」を始める目論見かもしれない。ただ、それも投資家・国家訴訟(ISD)条項により容易ではない。かんぽ生命には「事実上の政府保証があり、優越的な立場にある」として提訴されかねないからだ。
 
 このISD条項も、関係者が意図的に隠していたのか、それとも聞かれなかったから黙っていただけなのか知らないが、検討項目の俎上にはなかった。その後米韓自由貿易協定(FTA)をめぐり韓国内で紛糾したのを契機に、わが国でも取りざたされるようになったものだ。
 
 筆者は地方自治との関係で、このISD条項が気になっている。地域独自の施策との関係が明らかにされていないからだ。例えば、中小企業に対する低利融資などの地場産業振興策が、域外の資本に対する差別だと認定されはしないか。
 
 地産地消はどうか。鳥取県で知事を務めていた頃、学校給食にはできるだけ地場の食材を使うよう呼び掛けていた。聡明な栄養士がいて、まず地域でいつ何がどれだけ生産されるか調べた上で献立を考えるようにしたら、地元調達率はたちどころに上昇した。すると今度は農家の皆さんが、域外からどんな食材を購入しているのか学校に尋ね、それを自分たちで作ることにしたら、その率は一層高くなった。地域が連携した地産地消の取り組みに感心させられたものである。
 
 地域性に注視を
 
 わが国がTPPに参加したとして、こうした貴重な取り組みは続けられるのか。もしISD条項により続けられないとすれば、地方自治の意義と役割は大きく損なわれる。こんなリスクを孕んでいるというのに、政府関係者は何も伝えなかっただけでなく、まるで気が付かなかった方が迂闊だったと言いたげである。これも「後出しジャンケン」の類だろう。自治体関係者は農業問題だけでなく、ぜひ地域づくりとTPPとの関係にも目を向けていただきたい。
 
 かたやま・よしひろ 1951年岡山県生まれ。東京大学法学部を卒業し、旧自治省に入る。99年~2007年の2期8年鳥取県知事を務め、07年4月慶應義塾大学教授に就任。10年9月~11年9月、菅内閣の総務相を努めた。著書に『日本を診る』(岩波書店)など。

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