(プロメテウスの罠)原発城下町:1 先生、逃げろ!

 2011年3月11日、福島第一原発の1~4号機がある福島県大熊町の昼下がり。塾教師の木幡(こわた)ますみ(57)は町内の喫茶店で椎名篤子(しいなあつこ)(58)ら友だち4人とコーヒーを飲んでいた。
 のちに考えると、あと数分で大震災が起きるというころだった。ますみは何か胸騒ぎを感じ、こんなことを口にした。
 「原発に何かあったら、もうこの町には住めないよね」
 「そうだよね」と返事が返って少ししたとき、揺れが始まった。午後2時46分だった。
 喫茶店の窓ガラスはうねるように波打ち、ガシャガシャと割れた。天井が崩れ、客の周りに落ちた。
 揺れがおさまった後、ますみは急いで自宅に戻った。タンスが倒れていた程度で、家屋にそれほど大きな被害はなかった。
 役場に向かった。夫の仁(じん)(62)が町議会議員を務めていて、ちょうど議会の委員会に出ていた。
 「お父さん、町内が大丈夫か見に行こう」。2人で町に出た。
 午後3時半ごろだった。
 役場近くのコンビニに行くと、異様な光景に出くわした。
 第一原発の方向からざわざわと、作業員の制服を着た人たちが早足で歩いてくる。制服の色は企業ごとにまちまちだったが、頭髪のせいか全体的に黒っぽくみえた。
 「アリの大群のようだ」。ますみはそう思った。
 その大群が、続々とコンビニに入っていく。停電してレジが使えず、店員が電卓で計算していた。それを尻目に、商品をてんでに持ち去っていく。
 「あれえお父さん、みんな勝手に持っていっちゃうよ!」
 ますみは仁に叫んだ。
 作業員の中に、ますみの塾の教え子が何人かいた。
 「どうしたの、何があったの?」
 一人が叫んだ。
 「先生、逃げろ! ここはもう駄目だ。配管がムチャクチャだ」
 まだ津波が来る前だ。それでも彼らは原発から逃げはじめていた。
 当時、第一原発で働く大熊町民は、人口の1割、約1100人いた。(渡辺周)
     ◇
 大熊町は原発とともに歩んできました。約1万人の町民は原発事故にどう対処し、その後どうなったでしょうか。第33シリーズは、大熊町民の苦悩に迫ります。

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