sara_yashiki

お菊 · @sara_yashiki

27th Dec 2013 from TwitLonger

『投げ込み寺の来訪者』


「お久(きゅう)」
呼び掛けた女の黒髪は、美しく艶やかだった。
「あぁ、お江(こう)?」
呼ばれて、白い頭巾をかぶった頭が振り返る。お江と呼ばれた女は躊躇いがちに歩み寄り、頭巾の中を覗き込んだ。
「久しぶりね。元気……だった?」
「ご覧の通り」
頭巾の中の表情に安堵し、お江は柔らかな微笑みを浮かべた。
「お邪魔してもいいかしら?」
「大したお構いはできないけれど、いい?」

身寄りのない者たちを弔う投げ込み寺に、足を運ぶ者は少ない。寺の門前で掃除をしていた寺の主は、来訪者を中へと案内した


「久利羽尼」と呼ばれる寺の主は、幼なじみにお茶を出し、法衣の裾を折り畳んで座った。お江は湯呑みの縁を指でなぞり、ゆっくりと口を開いた。
「お兄さんにお線香をあげさせて。あなたたちの実家に行ったの。そうしたら、菩提寺じゃなくて、ここだって」
寺の主は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。兄さんが喜ぶ」
「あなた、譲らなかったそうね?お兄さんのお墓をここにするって」
「離れたくなかったから……」

寺の主が口ごもると、お江は自分の髪を指で弄んだ。
「あなた、お兄さんが好きだったものね」
「そんな風に見えた?」
寺の主が目を丸くして尋ねると、お江は目を細めて微笑んだ。
「ええ、あなたはいつも、お兄さんの姿を目で追っていたわ。いつも、いつでもね」
寺の主は紅潮した頬を頭巾で隠すように俯き、ぽつりと「そんなことないよ」と呟いた。

その様子を見たお江はふふっと笑った。
「三年前……あの事件の時」
そして、舌で自分の赤い唇をぺろりと舐めて、甘く掠れた声で続けた。
「あなたは私に縋り付いて、泣きながら言ったわ。『兄さんに知られたら、生きていけない』って」

寺の主の表情は陰り、手は落ち着かなげに法衣の襟元をまさぐった。
「お江、その話はやめて」
「気づかなかった?お兄さんもいつもあなたを見ていたのよ。あの時だって、行方をくらましたあなたを必死で探していた」
寺の主は俯き何度も「やめて」と呟いたが、それに構わずお江は喋りつづけた。
「あなたはあの後、出家して尼僧になった。後悔したわ。でも、いい気味だと思った。あなたが襲われたのは、偶然じゃない。私はあなたが憎かったのよ」
「お江、どうして?」
お江はすうっと息を吸い込み、言葉と一緒に吐き出した。
「知らなかった?私もお兄さんが好きだったの」

「ごめん、知っていたよ」
寺の主はゆっくりと答えた。
「君の気持ちも、あのごろつきのことも。君の差し金だとは知らなかったけれど」
手は襟元をまさぐるのをやめて、法衣の襟をぐっと掴んだ。
「お久のフリをして歩いていたら、あいつはまんまとついて来た。そして、物陰に引き込み押し倒して、襟元に手をかけてきたんだ。こんな風にね」
真っ黒な法衣の襟元がはだけると、透けるように白い平らな胸が露わになった。
お江は「ひいっ」と呻き、口を両手で覆った。
「あいつは驚いていたよ。僕の胸は膨らんでいないし、あいつが刻んだ傷がなかったからさ」

男は頭巾を脱いで、ふぅっと微笑みかけた。
「僕は彼女が欲しかった、心も身体もすべて。彼女は僕を拒み続けてきた。でも、彼女は言ったんだ。僕が彼女の望みを叶えるなら、彼女のすべてを僕のものにしていい、って。……やっと手に入れたと思ったよ。けれど、彼女はそのまま息絶えた。心は魂と共に僕の腕をすり抜けて行き、残された身体は綺麗で、でも誰かの手によって傷つき汚されていた。その時の僕の気持ちがわかる?」
お江の手を掴んで顔から引き剥がし、男はお江の顔を覗き込んだ。
「彼女が僕を好きだって?だとしたら、どんなに拒まれようとも無理矢理にこじ開けて、もう偽ることができないぐらいに目茶苦茶にして、彼女を僕のものにするべきだったのに……遅すぎた」

「いや、離して……いやっ!」
男の手から逃れようとして、お江は艶やかな黒髪をふり乱し身をよじった。
「僕は君の気持ちがわかるよ。痛いほどに」
男がお江の耳元に唇を寄せて何かを囁くと、お江の目は見開かれ唇はわなないた。
「いやっ!やめて!いやだ!聞きたくない……そんな言葉……いやぁ……」
「駄目、やめない。君の心が壊れたって、やめてあげない」
男はふぅっとあくどい笑みを浮かべた。


投げ込み寺には、遊女の死体が投げ込まれる。今日は一体だった。投げ込み寺の主は二体の死体を弔い、自室に戻った。
「ごめん、また君の服を汚してしまった」
投げ込み寺の主はそっと囁き、真新しい骨壷に口づけした。
「お久、死ぬまで君は僕のものだからね」

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