フクシマの子供を守れ 内部被曝を丸ごと測る新装置

編集委員 滝 順一
2014/2/17日本経済新聞電子版

 世界にも例がない、乳幼児専用の高精度な内部被曝(ひばく)検査装置が誕生した。開発したのは東京大学の早野龍五教授を中心とした産学の共同チームだ。「BABYSCAN」は福島県平田村のひらた中央病院の震災復興支援放射能対策研究所に導入され、昨年12月から検査に使われている。これまでに検出限界(全身で50ベクレル)を超えた子どもは見つかっていない。装置開発の背景などを早野教授に聞いた。

■直接測れないことに納得しない親もいた


 ――乳幼児専用に開発した背景は。

 「約2万人の福島県住民の内部被曝検査をひらた中央病院で実施し、昨年2月ごろに結果をまとめた。その結果、食品を通じての内部被曝は、チェルノブイリ事故を含めて過去の放射能汚染事故の経験から予想される水準に比べ、格段に低いことがわかった。これは好ましい結果だが、結果の公表後に指摘を受けた点があった」

 「ひとつは使用した検査装置(ホール・ボディー・カウンター)の検出限界が全身で300ベクレルであるため、見落としがあるのではないかとの批判だ。子どもは大人に比べて放射性物質(放射性セシウム)を早く排出し体内にたまりにくい。つまり仮に大人と同じだけ摂取しても早く排出され、痕跡が残りにくい。もっと検出精度を上げる必要がある」

 「もうひとつは、既存の検査装置は主に原子力発電所の作業者用だったことだ。大人の体格に合わせて設計してあり、検出器の前に2分間立っている必要がある。小学生の低学年以上なら踏み台の上に立ったり腰掛けてもらったりして何とか測れるのだが、新生児から4歳くらいまでの子は測れない。お子さんが心配ならいっしょに生活する両親を測り、お母さんが内部被曝していなければ4歳児以下の子が被曝する事態は常識的には考えられない、と説明してきた。しかし納得されない方もいて、何とか測れないかと考えてきた」


 ――過去につくろうと考えた人はいなかったのか。

 「たまたま検査装置のメーカー(キャンベラジャパン)の人と話した際に、メーカーでも社内で検討したが開発に踏み切るには至らなかったと聞いた。私はその時、実用化には条件が2つあると思った。顧客と使いやすいデザインだ」

 「そこで、ひらた中央病院に使用を打診するとともに、工業デザイナーの山中俊治さん(東京大学教授)に声をかけた。幸い両者とも承諾をもらえたので、米キャンベラ社で長年装置開発に携わってきた技術者のフレージャー・ブロンソン氏も加わって、開発プロジェクトをスタートさせた。それが昨年3月。9月の完成を目指したが、3カ月ほど遅れてしまった」

 ――装置は全体として丸みを帯び、大きな出入り口を備えている。どんな構造になっているのか。

 「子どもを内部のベッドに寝かせて4分間で計測する。検出限界は公称で50ベクレルだが、乳児なら20ベクレル程度まで測れる。ベッドの天井に測定器が4台あり全身をくまなく測れる。通常2台の測定器を備えた大人用に比べ、数を増やし測定時間も長くすることで、検出限界を下げた」

 「山中さんがもっとも苦労したのは、どうやって子どもをおとなしく4分間寝かせられるかだった。木組みの模型をつくって、知り合いの子どもたちに協力してもらい実験したところ、うつぶせだと落ち着いて寝ていられることがわかった。乳児はあおむけ寝してもらうほかはないが、幼児はうつぶせで絵本などを読んでいればいい。開口部が大きいのでご両親も安心して見ていられる」

■親とのコミュニケーション活発に


 ――ほかに開発で苦労したことは?

 「外装の裏側には、外から放射線が入って測定の邪魔をしないよう鉄の遮蔽体がある。床側が厚さ15センチ、側面などは10センチ。装置の重さは5.7トンになった」

 「外を遮蔽しても装置の部材から放射線が出ていてはだめなので、素材が放射性物質を含まないか徹底的に検証した。外装に安価なガラス繊維強化プラスチックを採用したが、ガラスは天然の放射性カリウムを含む。このため、装置の内側には高価な炭素繊維強化プラスチックを使うことになった」

 「また外装パネルの継ぎ目をパテで埋めてもっときれいな外観にしたかったが、パテにも放射性物質が含まれているとわかり、使えなかった。製作に関わった企業の人たちはこれでたいへんな苦労をした」


 ――検査開始(2013年12月2日)から2か月以上たったが現状はどうか。

 「2月10日までに149人の子どもを検査して、検出限界を超えるセシウム137、134が見つかった子はいない」

 「装置は両親とのコミュニケーションのよい道具になっている。検査後、病院スタッフがその場で検査結果を渡して説明をする。セシウムの欄にはND(検出されない)と表示されるが、合わせて放射性カリウム(カリウム40)の測定値も記した。自然の状態で人体は放射性カリウムを持っている。例えば全身で1千ベクレルとあると驚く母親もいて、それがきっかけとなって様々な会話が始まる。子どもの被曝をとても心配しているご両親がいるが、これまでデータに基づいて話をする機会が少なかった。それで心配をため込むか、あきらめている人もいる。この装置で測ってみて、心配だったらまた来てくださいと呼びかけている」

 ――導入する病院はほかにもあるか。

 「福島県内の2つの病院が導入する計画と聞いている。最初に言った通り、ご両親の被曝検査をすれば乳幼児の状況は高い確度で推定でき、このような装置が必ず要るわけではない。当初から需要は最大限で5台程度とみていた。ただフランスの放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)からメーカーに引き合いがあったとも聞いている」

■取材を終えて

 装置をデザインした山中俊治さんは、東日本旅客鉄道(JR東日本)のICカード乗車券「スイカ」の自動改札機のデザインで知られる。人間が一目見ただけで自然にカードを改札機の所定の場所にあてるよう、読み取り面の角度が巧妙に設計されている。最新のテクノロジーとアートの視点からロボットや自動車、スポーツ用義足のデザインまでも手がける。BABYSCANの形状には山中さんの発想が込められている。

 メーカーのキャンベラ社は新装置の価格は公表していない。既製の大人用検査装置でも3000万~4000万円するため、乳幼児専用はそれを上回るのは間違いない。ひらた中央病院は福島第1原発事故の後、大人用のホール・ボディー・カウンターを導入し、無料で県内外の延べ3万人を超える人々の検査を実施してきた。乳幼児専用の検査装置も自前で1号機を購入し、無料の検診に役立てている。

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