<<5.28経産省前弾圧に関する個人総括>>


はじめに

「5.28経産省前弾圧救援会」で総括文を出そうとの話がありましたが、意見不一致もあり、結局は総括文を発表するに至りませんでした。山猫が起草した原案を、会としての文章ではなく、個人の文章として表現を改め、明確な事実誤認については削除した上で、公開します。

救援会としての文章でなく、山猫個人の文章であることをご留意いただきたく思います。

会の内部で、草案のさまざまな論点を整理した上で、(山猫私見としては)ほぼ発表できる段階まで添削された文章は、以下よりもかなり短いものでした。また、書き直しによって、文章としてつながりが悪い箇所も出てきていますが、原文プロットにしたがい、あえて残しました。




<<5.28経産省前弾圧に関する個人総括>>

経済産業省本館の門扉外側のスペースで抗議行動を行っていた3名の仲間が不当逮捕されたその翌日の5月29日、「5.28経産省前弾圧救援会」は、3名あるいは3名のうちの誰かとさまざまな関わりを持つ仲間たちにより、「逮捕された3人の仲間の解放」「逮捕された3人への社会的サポート」を目的として結成されました。

すでにご承知のとおり、6月8日に3名は釈放され、翌6月9日には検察の不起訴決定が勝ちとられ、経産省前弾圧により抑圧された3名の人権は基本的には回復されました。

そもそも検察でさえ不起訴決定をせざるをえなかったことに示されるように、経産省門前オープンスペースに市民が立ち入ったことを理由とした逮捕自体がまったく正当性を欠くものです。日頃からさまざまな問題への抗議行動においても積極的な役割を担ってきた仲間である3名が選別されるがごとく、市民運動への影響を計算したかのように不当逮捕されたということが、この弾圧事件の性格を端的にものがたるものであると考えます。

3名はそれぞれ見知った間柄ではあったでしょうが、5月28日の3名の共通点は、戦争法案反対の国会前抗議行動の後に、経産省門前で抗議の声を発したとの一点しかありません。にもかかわらず、5月30日の検察の勾留請求においては「3人の共謀」が理由とされていました。

「共謀」などありません。勾留理由開示公判での被疑者の弁論では「3名に共謀などない。3名にあったのは同じ思い」である旨が述べられていました。3名にあった共通の思いとは、彼らのあげた声のごとく、「戦争反対」「原発反対」の思いではないでしょうか。

今回の弾圧は、政府の戦争法制推進に対し抗議の声があがるその時に起こりました。

表現の自由に代表される人権を圧殺した上で、国家は戦争を引き起こします。言論弾圧は戦争への道です。民主主義は戦争と両立しません。

さまざまな運動に積極的に関わる3名を不当逮捕し、為政者の理不尽に声をあげる市民の萎縮を狙った今回の弾圧。これに際して、全国から寄せていただいたご支援は3名の人権を守るのみならず、皆様の「明日は我が身」との思い、市民的権利の根幹を成し、憲法21条にも定められた「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」を守るとの思いのこめられたものであったと思います。

日々全国から寄せられるカンパ、連日の抗議・激励行動。3名が積極的に関与してきた経産省前抗議行動や辺野古新基地反対の運動も、3名が勾留中にも実施され、またその担い手の方々は警察署への抗議・被疑者激励の行動においても先頭に立たれました。「自由と権利を保持する不断の努力」により、市民の萎縮を狙った為政者の意図は、はねかえされました。

なによりも、弾圧の直接の標的とされ逮捕・勾留された3名全員が、憲法38条にも定められている黙秘権を行使し、勾留理由開示公判においても、人定質問にも応じることなく黙秘を通したこと。最も困難な立場に置かれた3名が、分割勾留されていたにも関わらず、黙秘を通じてその正当性と団結を示したことが、今回の弾圧をはね返す力となりました。3名の闘いに改めて敬意を表するものです。

勾留理由開示公判において、勾留請求したところの検察官はほとんど言葉を発しませんでした。また、3名の堂々たる意見陳述に対して、裁判官は被疑者を正視できずにいたように思います。あの場において断罪されていたのは、不当逮捕され被疑者とされた3名ではありません。断罪されてされていたのは検察官と裁判官であり、言論活動を犯罪に仕立て上げようとした暴力です。

今回の弾圧事件については、その重大性もあり、3名の個別の人格や救援会に対して、ネットを中心に、さまざまな意見が流布していました。

3名の取調べにおいては、警察官により「ネットでこんなことが言われているぞ」「君は他の2人とは違うだろう」などとの挑発もあったそうです。ネット上での「事実経過が知りたい」との要望については、3名を心配する気持ちは共有するものです。しかしながら、3名の勾留中に不特定多数に情報を発信することは、これは人権擁護にはそぐわないことと考えます。いわんや、3名の立場を顧みない、「あいつがわるい」云々の意見の無神経な発信については、人権をどのように考えているのか、疑念を持たざるをえません。その発信が、警察により取調べ中の挑発材料とされていたのだと考えます。

また、経産省テント前釈放集会の進行も、ネットでの話題とされました。これまで明らかにしたように、3名は言論の自由を積極的に行使したものであり、その点においてなんら責められるべきではありません。糾弾されるべきは3名を不当逮捕した側です。当日の3名の行動における未熟あるいは警戒に欠けた面もあったかもしれませんが、それは責めるべき対象ではなく、率直に意見・議論すればよいことです。あの場で、3名を貶めるような行為が起きたことは、救援会の一員であった者として反省したく思います。

今回、弾圧され逮捕された3名は、その思想・信条についてはさまざまな相違もあったと思います。また、救援会に集った20名あまりの仲間も、その思想・信条についてはさまざまな相違がありました。さまざまな人間が、市民有志として集まり、試行錯誤や意見不一致はありながらも、救援会活動に取り組むことができた。中には、救援会に参加の時点では、逮捕された人につき誰が逮捕されたのか知らない人さえいた(俺です)。このことはさまざまな運動をする仲間が、市民的連帯を基礎に、人権という概念を鍵に救援にとりくむ可能性を示したものと考えます。

同時に、過去の経緯・利害・遺恨などにとらわれることなく、3名の被疑者の人権を平等に守る、それがこういった場合の救援活動の原則ではないかと思いますが、そういった原則的な立場に立ちえない言葉のあったことを大変残念に思います。

3人に対する弾圧発生から釈放に至るまで、多くの心ある皆様の物心両面にわたるご支援、救援会や他団体による警察等への抗議行動や3名に対する激励行動、勾留理由開示公判と門前集会などに参加いただいた皆様、さまざまな立場から弾圧に対する抗議声明を発表いただいた方々に感謝いたします。

また、救援会結成当初から、会への助言・連絡調整・被疑者への接見交通権確保などの実務支援をいただいた「救援連絡センター」に謝意を表明します。

「5.28経産省前弾圧救援会」への参加を通じて、人権を擁護する闘いの中で微力ながら役割を果たせたことを誇りとするものです。また、言論と行動の場で、お目にかかりましょう。

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