★一概に否定できないトランプ新大統領米国重視主義-(植草一秀氏)

保護主義が悪で自由貿易主義が善との決めつけは間違っている。

経済学者のリカードが明らかにしたように、

それぞれの国が得意な生産物の生産に特化して余剰な財を交換し合うという意味での貿易は

全体の効率を高める。

この意味での自由貿易にはメリットがある。

自由貿易自体が否定される対象でもない。

しかし、近年問題とされている自由貿易主義、言い換えれば「新自由主義」と呼ばれるものは、

上記の国家間の財の取引を行うという意味での自由貿易を超える含意を有している。

その最大の特徴は、

資本の移動



労働力の移動

という分野を含めて、

これを完全に自由にしてしまうとの意味を含んでいるからだ。

一言で表現するなら、

世界統一市場

世界単一市場

を形成してしまうということである。

このことがもたらす最大の弊害は、

所得格差の際限のない拡大である。


「財」と「サービス」に分けて考察したとき、両者の最大の相違は、生産物の移動可能性である。

「サービス」は生産地と消費地が基本的には同一である。

最終需要のある地でしか生産することができない。

医療行為の輸入

介護サービスの輸入はできない。

これに対して、「財」の特徴は、

生産物を輸送できることである。

生産地と消費地が一致する必要がない。

したがって、自由貿易の試みは、まず「財の生産活動」、すなわち製造業によって推進される。

農林水産業においても、生産物の輸送が可能になれば、製造業と同様の変化が生じる。

「財」の生産を行う「資本」は世界の中から最適な立地を選ぶ。

最終的な消費地との距離

労働賃金の水準

労働の質

政治情勢の安定性

生産可能量

などを勘案して生産地を決める。


製造業の拠点が国境を越えて移動する場合、元の生産地では雇用が消滅する。

資本は労働コストの低さに着目して海外移転するから、元の相対的に高い賃金の労働が消滅することになる。

他方、「サービス」の生産では何が起こるのか。

「サービス」では必ず「消費地」が「生産地」になる。

「資本」は常に安価な労働力を求めるから、先進国における「サービス」生産を行うにあたり、

できるだけ、賃金の低い国から労働者を輸入して生産に充てさせようとするだろう。

こうなると、先進国における「サービス」労働の賃金が下がる。

製造業で相対的に高い賃金を得ていた労働者は工場の海外移転で職を失い、

新たに就業する「サービス業」での労働では、

海外から輸入された労働力による賃金引き下げ効果の影響で、

低い賃金の「サービス業」に従事しなければならなくなる。

1980年代以降の自由主義の急激な進展

すなわち、世界統一市場の形成、世界単一市場の出現によって、

資本はリターンを高めたが、

先進国の労働者は、ほぼ全面的な所得水準の低下という状況に直面しているのである。

「資本」の高いリターンを享受できるのは1%の人々に限られる。

99%の「労働」階層の人々は、ほぼ全面的な所得水準の急低下という現実に直面してきた。

こうした経済変動に対して、それぞれの国の国民、主権者、労働者から、

NO

の声が生まれるのは当然のことである。

英国のEU離脱国民投票での離脱派勝利

米国の大統領選でのトランプ氏勝利

は、こうした世界経済の大きな変化を背景に生み出されたものである。


資本の移動と労働力の移動がなく、国と国が交易するという意味での自由貿易は、

全体の生産効率を高めるという意味で全体の利益を生み出す原因にはなる。

しかし、その場合でも、それぞれの国における「資本」と「労働」の間での「所得分配」のあり方により、

誰が得をして誰が損をするという問題は残る。

全体の生産効率と、生産に携わる資本と個々の労働者の所得分配のあり方が決定的に重要になる。

これは、いかなる場合も変わらない。

自由貿易には全体としての効率を高めるというメリットはあるが、

相対的な生産効率という尺度だけで、生産を特定分野に特化してしまうと、

国家として存立するために必要な財を生産できないという事態が発生し得る。

例えば、農林水産物は外国企業が大規模経営、低賃金労働で相対的に安価に生産できるとして、

食料の供給を完全に輸入に頼ってしまうと、その生産国との外交関係が悪化した場合や、

その生産国が飢饉に直面したときなど、生存に欠かせぬ食料を確保できなくなるという事態も生じる。


独立国家は国民生活の安全保障の観点から食料生産、すなわち農業や漁業を政策的に保護している。

また、林業も国土の治水対策の観点から重要視している。

つまり、ここでも言えることは、自由貿易万能主義という考え方に誤りがあるのだ。

原則としての国家と国家の交易をおこなう自由貿易の考え方は肯定されるが、

自由貿易だけが善で、保護主義は全面的に悪であるという、極端な考え方は間違っているのだ。


とりわけ、1980年代以降に顕在化しているのは、大資本が国境を越えて活動を広げ、

資本の移動



労働力の移動

を含めて

全面的な自由主義

を推し進める動きが強まってきたことだ。


これらの行動の行く先は、

1%の資本への所得と富の集中

99%の労働者のグローバルな困窮

という事態である。

そして、

1%の大資本に所得と富が集中しても、

この資本が、グローバルな生産を吸収するだけの最終需要を生み出さないため、

結局は巨大な供給超過が発生して、

世界経済活動の断層的な崩落

が生じやすくなる。


英国でEU離脱に賛同する主権者が過半数を上回ったのは、

労働力の制限なき移動

が英国の労働市場における労働賃金の大幅引き下げをもたらし、

英国社会の安定性が急速に損なわれているからである。

米国でトランプ氏が白人労働者層の広範な支持を集めて大統領選で当選したのは、

トランプ氏が拡大する米国民の不安と不満に正面から向き合った結果である。

外国人排斥や

人種差別

そのものは、明らかに悪であるが、

この問題と、

ある国家が、移民の流入に一定の制限をかけることの是非とは、

切り離して考察する必要がある。

全面的な移民の流入を認めることが全面的に正しいとは言えない。


国家が国民に「生存権」を保障している国は多いが、無制限、無尽蔵の移民流入に耐えられる国はない。

移民の受け入れは、それぞれの国の国民が判断するべきことであり、

移民流入に一定の制限をかけることを悪だと決めつけることはできない。

トランプ氏は不法入国者に対する厳しい姿勢を示すが、

そのこと自体が直ちに間違っているとは言い切れない。


農林水産業と同じく、製造業についても、

国内立地を温存することを重要視する考え方は存在しておかしくない。

日本でも、かつて、製造業の立地が海外移転することに対する懸念や批判が渦巻いていたが、

これらを警戒した論者が、トランプ氏の米国製造業の温存、

米国への投資奨励を批判することは論理矛盾である。


2016年は世界経済の大きな潮流の転換点になった。

それを象徴する事象が英国の国民投票であり、米国の大統領選挙であった。

「効率第一主義」



「労働者の賃金コストを際限なく引き下げること」

を追求する

グローバリズム

が、全世界の民を決して幸福にはしないことに、多くの人々が気付き始めている。

この潮流は、間違いなく、アベノミクス、安倍政権の成長戦略の全面否定につながるものである。

日本国民の覚醒は遅れているが、必ずその方向に世界も日本も動いてゆくことになるだろう。

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